3. 開発

軽EVへの強い思い

三菱自動車工業は、2009年の世界環境デーにあたる6月5日に、量産型電気自動車(EV)のi‐MiEV(アイ・ミーブ)を発表した。同年7月下旬から法人や自治体を中心にメンテナンスリース販売を開始したあと、個人向けとなる一般消費者へは翌2010年4月からの販売とし、受注を09年7月にはじめている。以後、13年の歳月を経て、新型軽EVは誕生した。NMKV(日産・三菱・軽・ヴィークル)の理事である 齊藤雄之軽自動車セグメントCVE(Chief Vehicle Engineer)は、次のように振り返る。

齊藤SCVE(現CTO)

「新型軽EVの開発当初は世の中にまだEVの数が少なく、軽自動車開発への投資に制約があるなかで、i‐MiEVに次ぐEV開発に着手できたことは大きい」
そのうえで、せっかく新型軽EVを開発するなら、「パッケージング、静粛性などEVのよさをきちんと活かして実現する。あわせて、車両販売価格を身近にすることが軽自動車に対する消費者の期待なので、適正な原価の達成が成否を左右することになった」と、苦労の一端を話す。
ちなみに、2009年のi‐MiEVの車両本体メーカー希望小売価格は、消費税抜きで438万円であった。
そうした齊藤SCVEの決意をさらに強くする出来事があった。
「原価の達成は、やはりとても難しかったです。目標を達成できない日々が続きました。それでも、開発が途中で断念されることがなかったのは、誰もが試作車に乗ってみればよさがわかるからです。経営トップにも評判はよく、なかでも印象深いのは、三菱自動車の益子修会長(当時)にテストコースで試乗していただいた折、『金の面で苦労しているのか』と私に問われたあと、『三菱も日産も、EVを出す使命を持つ会社なので頑張りなさい』と励ましてくださったことです」と、感慨深く語る。
新型軽EVの開発がはじまる前には、さまざまな紆余曲折があった。NMKV設立前から合弁事業へ向けた検討に携わり、会社創立と同時に参画した元日産自動車の堀内義夫CTO(Chief Technical Officer)は、
「2013年ごろ、三菱自動車が主体となる次期型軽EVの可能性を探る取り組みが弊社でありました。軽EVの開発をまたやりたいとの声があり、細々とはじめたのです。i‐MiEVのモーターを活用し、後輪駆動から前輪駆動へ方式を変更し、リチウムイオンバッテリーは日産リーフのものを組み合わせ、1年ほどで試作車ができました。まだ粗削りでしたが、三菱の軽EVでの経験を基にした試作車に日産の役員にも試乗してもらうと、『EVとしていい』との評価を得ました」
こうした経緯があって、ガソリンエンジン車の現行デイズやeKワゴン/eKクロスを活用した、日産主導での新型軽EV開発が本格化したのである。

堀内CTO

適正な軽EVを実現するには

新型軽EVの特徴はどこにあるのか。開発プロジェクトでまとめ役を務めた第2プロジェクトマネージメントグループの太田勝久マネージャーは、
「ガソリンエンジン車の日産デイズや三菱eKワゴン/eKクロスを基にEV化しているので、前輪駆動となります。単にエンジンをモーターに置き換えるだけでなく、ガソリンエンジン車で評価されている室内空間や荷室の容量を、EVになっても損なわないよう、電気関係の部品を配置することが要点となりました。鍵となったのは、日産リーフで使用しているラミネート型リチウムイオンバッテリーです。これを使うことにより、薄い形状を活かし、床下へできるだけ多くのセルを搭載できるよう工夫しました。また、前後重量配分の適正化にも配慮しています」と、解説する。

太田マネージャー

齊藤SCVEは、さらに、
「i‐MiEVは軽EVの大先輩で、i‐MiEVもエンジン車のi(アイ)を基にしたEVでした。その手法を受け継ぎ、今回もデイズやeKワゴン/eKクロスのプラットフォームを前提に考え、プラットフォームの開発では、当初から前後をつなぐ床下骨格(メンバー)の入れ方に、バッテリーを積むことを視野に設計しています。プラットフォームをエンジン車と共通にすることは、軽EV開発の投資の削減に通じ、原価低減に役立ちます。当然ながら、エンジンとモーターをただ単に乗せ換えるだけではよいEVとはならず、モーターやインバータの制御を適正化することで、振動や騒音を抑えることにも気を配りました。あらゆる面で、三菱と日産の10年を超えるEV経験を活かした仕上がりになっていると思います」と、軽EVが一朝一夕にできるわけではないことを強調する。
開発現場では、具体的にどのように仕事を進めたのか。第2プロジェクトマネージメントグループで、商品性、性能、実験の取りまとめを担った永井暁担当部長は、
「この開発の前にエンジン車のデイズやeKワゴン/eKクロスを開発しましたから、軽自動車ならではの要件を持たすことが前提です。私は日産リーフの開発も経験しているので、両方を組み合させたハイブリッドな目線で、どのようなEVにすべきか目標基準を設けました。i‐MiEVという前例があり、そのときのお客様の声として、単に一充電走行距離の長短だけでなく、充電すべき予告の仕方などを参考にしました。告知が早すぎては無駄になりますし、遅すぎたら間に合わなくなります。軽EVといえども、長距離移動する方もいますので、急速充電への対応もおろそかにできません」
軽EVは、日常の移動手段として短距離が主体となるとはいえ、長距離移動も無視できない。同時に、バッテリー容量は原価に関わるため、余計な容量の車載は、距離への安心材料になったとしても、車両価格の上昇に直結する。ここが、登録車のEVに比べ、より精査が求められる点だ。

軽EVらしい商品性の作り込み

開発の過程を具体的にみてみよう。永井担当部長が詳細に語る。
「試作車が出来上がったら、軽自動車としてあるべき使い勝手や性能を満たされているか、EVとして期待される性能になっているかを確認します。使い勝手は、デイズやeKワゴン/eKクロスで出来上がっていますので、あまり苦労していません。細かな点では、エンジンという熱がないため空調用にPTC(発熱体)ヒーターを追加しているため、ダッシュボードセンターダッシュボードの形状が若干手前にきています。またリチウムイオンバッテリーを床下に搭載するので、後ろのサスペンションをエンジン車では4輪駆動車で使う3リンク式にしました。これによって荷室床下の小物入れの容量が、エンジン車の二輪駆動に比べ少なくなっています。違いはそれくらいでしょうか。
静粛性では、エンジンからモーターへ替わることで動力源は静かになるわけですが、従来はエンジン音などによって目立たなかった風切り音やタイヤ騒音などが気になってきます。車両全体としてどの水準に落とし込むかで苦労しました。
動力性能では、モーターはトルクが大きく発進が力強くなります。一方で加速がよすぎると感じる方もいますので、走行モードを設け、エコ/スタンダード/スポーツから選べるようにしました。エコモードを選ぶと、エンジン車の運転と同じような操作でアクセルペダルを踏んでも、勢いがよすぎなくなります。
操縦安定性について、EVは重いバッテリーを床下一面に敷くような載せ方となりますので、重心は低くなります。一方で、エンジンや変速機が前輪側にあるエンジン車に比べ前後重量配分が後ろ側に移動し、横風などに対し直進安定性に不安が出る場合が考えられます。そこで、フロントバンパーの下にスポイラーを取り付けました。これはすべての車種に標準装備です。
運転感覚は、デイズやeKワゴン/eKクロスのほか、ルークスやeKクロススペースなどと同様に、しっかりした乗り味にし、手ごたえを的確にしました。新型軽EVも基本的な考え方に変わりはありません。ただ、モーターによる滑らかな加速との違和感が生じないよう、荒れた路面などでも心地よく走れる滑らかな乗り心地に調整しています」
EVは車両重量が重くなり、タイヤへの荷重負担が増えることになる。太田マネージャーは、
「軸重が大きくなるとタイヤへの負担が増えますので、前後重量配分を考慮しながらバッテリーを前後に分散させて搭載し、エンジン車で使っているタイヤの荷重条件を超えないようにしました。また、低重心になることによる操縦安定性への効果を損なわないようにしています。それらを通じ、エンジン車と同じタイヤを使えるようにすることにより、原価を抑えています」と、説明する。

永井 担当部長

軽EVならではの走りの利点があると、永井担当部長は付け加える。
「雪道など滑りやすい路面でとても運転しやすいのがEVです。テストコースだけでなく、公道を走る試験も行っていますが、走行モードのエコと、モーター駆動ならではのアクセルペダルのみで加減速できる機能を併用すると、ブレーキペダルを踏む機会が減り、ブレーキを使うことでタイヤがロック(走っているのに回転を止めてしまう)し、ABSの介入が生じる場面が大幅に減り、不安なく安全に運転できます。そもそもモーターは、磁力で回転力を生み出す仕組みなので、タイヤがロックしないようにきめ細かく制御できる特性があります。アクセルペダルを戻せば回生によって減速力が働くモーターの特徴を活かしたアクセルペダルのみでの運転が、ブレーキペダルを踏む機会を減らすことにつながり、エコモードは加速も穏やかになりますから、滑りやすい道路環境で快適に運転できるのです。新型軽EVは前輪駆動車ですが、降雪地域でも安心して運転できるのではないでしょうか」

日産と三菱の提携を通じた開発と生産の橋渡し

NMKVは、日産自動車と三菱自動車工業の合弁による軽自動車専門の自動車メーカーだ。EVの開発と販売の実績がある日産と三菱両社が提携することにより、新型軽EV開発に何をもたらしたのか。
「開発の進め方については、すでにデイズやeKワゴン/ekクロス、そしてルークスとeKクロススペースを通じ両社で積み上げてきたので、新型軽EVでとくに課題となるようなことはありませんでした」と、永井担当部長は語る。
それでも、静粛性の水準については、日産と三菱の両社でやや価値観が違った面もあった。
「日産は、登録車のリーフに加えアリアも発売し、新型軽EVもEV商品群の一つとしての性能にこだわりがあります。三菱は、新型軽EVをeKワゴンのグレード追加と位置付けるので、ガソリンエンジン車とは別の選択肢という考え方です。商品企画の与え方によって、要求する静粛性にも差が生じます」と、永井は語る。
その点について、堀内CTOは、
「静粛性に関しては検討会を開き、何度も議論を重ねました」と、振り返る。「意見の違いは、互いに思うところを出し合うことが大切です。実車を前に、試乗しながら話し合いを重ねることで、合意にもっていきました。性能はもちろんですが、原価の検討も欠かせません。検討会には、それぞれの開発責任者のほか、設計や、つながりをもつ開発の担当も加わり、みなで合意できるよう努めました」
開発が進むにつれ、生産の準備もはじまる。生産は、三菱自動車の水島製作所が担う。永井は、
「三菱での生産とはいえ、日産の品質保証や設計、そして開発の担当者も加わり、一緒に乗り合わせしながら、日産と三菱相互の品質の考えをディスカッションしながら生産の準備をしました」と、いう。
堀内CTOは、
「当初は、日産が設計と開発で、三菱が生産を担い、水島製作所で行うことから、うまく移管できるか心配もありました。そこで、NMKVとして生産チームを組織し、水島製作所内に常駐することによって、日産と三菱の橋渡しをしたのです。はじめは喧々諤々の議論がかわされ、両社の風土の違いを感じましたが、デイズとeKワゴン/eKスペースの時代から積み上げてきたことにより、いまでは担当者が代わっても支障の出ない意思疎通ができています」と、NMKVで生産チームを組織した取り組みが、新型軽EVにおいても成果を残したと語るのである。

新型軽EVへの思い

新型軽EVへの個人的な思いを各人が語る。

堀内義夫 CTO
「NMKV設立から在籍し、デイズ、eKワゴン/eKクロス、続いてルークス、eKクロススペース、そして今回の新型軽EVと、3車種続けて携わりました。本が一冊書けるほど、辛いこともありましたが楽しい経験をいっぱいしました。新型軽EVは、NMKVの一つの集大成として世に出すことになり、クルマはよくできています。試乗すると、軽自動車とは思えないほど、よいところしか見えてきません。早くお客様の声を聞きたい気持ちでいます。エンジン車では、ほかの自動車メーカーの後塵を拝してきた面がありますが、EVでは先陣を切るので、一気に存在を加速させ、NMKVの軽自動車を広く世に知らしめたいと思います」

齊藤雄之 SCVE
「一般的に生産開始の直前は大変な思いをすることが多い傾向にありますが、新型軽EVは順調に進んでいます。一番の理由は、何か起きたときには当事者が顔を会わせ対処したからです。直接会うには出張費も掛るわけですが、遠藤淳一社長が理解し、予算を設けてくださいました。ことが起きたあとから修正するには大変な労力がいるので、開発と生産が連携して進めたことが順調の背景です。性能などの評価では、部署ごとではなく関係者が一緒に課題解決をしたことも成果につながっています。解決へ向けては、常にお客様目線で落としどころを見つけるようにしました。素晴らしい軽EVになっています。早くお客様へ届け、皆さんに笑顔になっていただきたいと願っています」

太田勝久 第2プロジェクトマネージメントグループ マネージャー
「開発ではいろいろな危機がありましたが、実験や生産の人たちの大きな助けがありました。試作車の試乗に際し役員にも好評だったことが仕事の原動力となっています。自分で運転してもすごくいいと感じますし、早く世に出したいとの思いでみんなと頑張ることができました」

永井暁 第2プロジェクトマネージメントグループ 担当部長
「エンジン車では、他社の先輩に勝とうという思いで取り組んでいましたが、軽EVは他社より先に出すことになるので、今後ほかの自動車メーカーがどう関わってくるかに興味があります。同時に、日産と三菱は永くEVに携わってきましたから、簡単には追従できないだろうとの自負もあります。公道で試験をしていると、期待の声を掛けられることがありました。日常的な軽自動車の使用形態を考えると圧倒的な優位性を実現できているので、発売したときだけでなく、何年か先にどう評価されるかにも関心があります。いずれにしても、発表・発売が実に楽しみな新型軽EVです」