2. 商品企画

日産と三菱で異なる個性

NMKVによる軽自動車の新型電気自動車(EV)は、日産自動車で販売されるもの、三菱自動車工業で販売されるもの、それぞれ基本的に同じ機能や装備となる。だが、日産と三菱では、商品としての持ち味が異なる。
日産の軽乗用EVについて、本島圭奈子CPS(チーフ・プロダクト・スペシャリスト=商品企画責任者)は、次のように位置づける。
「リーフやアリアに続く量販3モデル目となるEVであり、日本最大の軽自動車市場に投入する手の届きやすいEVとして、エンジン車デイズのEV版ではなく、まったく新しい軽乗用EVを狙いとしています。この新型軽乗用EVで、日本の自動車市場の常識を変える意気込みで企画しました」

本島CPS

一方、三菱は違った狙いがあると、藤井康輔CPSはいう。
「三菱の電動化戦略として、現時点ではより大柄な登録車はプラグインハイブリッド車(PHEV)が、より小さなサイズの軽自動車はバッテリーEV(BEV)が、使用実態や製造面・走行中の二酸化炭素(CO2)排出の総量で最適と考え、新型軽乗用EVは選択肢の一つと位置付けています。三菱は、電動化とSUV(スポーツ多目的車)を経営の柱としていますから、新型軽乗用EVはSUV的な外観により人気を得ているeKクロスに追加する車種としました。三菱は、2009年に軽乗用EVのi‐MiEVを発売しましたが、当時はまだ価格も高く、販売台数も限られました。今度の新型軽乗用EVは、価格を含め、軽自動車でEVという市民権をいかに得られるかに挑戦しています。EVの特徴である静粛性や走行性能の高さ、そして日産が持つ先進装備を融合させ、発売に至りました」

藤井CPS

狙う顧客像は、日産、三菱とも共通

日産と三菱それぞれに個性を持つ新型軽乗用EVだが、顧客像の主な狙いには共通性がある。本島CPSは、
「軽自動車は、日本の住環境や交通事情にあったクルマとして独自の進化を遂げ、国内の新車販売で大きな市場占有率を得るようになりました。一方、軽自動車だから仕方がないと我慢している面もあったと思います。たとえば、登り坂や幹線道路への合流で加速の非力さを覚えたり、毎日使う上での利便性は気に入っていても、質感には我慢していたり…。軽乗用EVは、モーター駆動による力強い走りに加え、静粛性に優れ、バッテリー車載による重量の増加による乗り心地向上など、質感の点でも気に入っていただけると思います。小さなクルマでも、よいものを持ちたい、使いたいという方に、きっと満足していただけるでしょう。お客様の具体像としては、郊外に住み、セカンドカーとして所有していただくことで、日常的な買い物や通勤といった利用を満たしながら、知人や友人との大切な時間、自分のための時間を楽しく快適に過ごしたい女性を念頭に企画しました。もちろん、幅広いお客様に喜んでいただけると思っています」と、語る。
40~50歳代で子供が手を離れた人が、自分のための時間を過ごすための一台という位置づけは、藤井CPSも同様と話す。
「我々もお客様像としては、40~50歳代で、お子様のなかでも中学生以上になり手が離れたご家庭で、セカンドカーとして日常的に利用する姿を想定しています。日常の移動であれば、一充電走行距離も車体寸法も、軽乗用EVは最適といえるでしょう。同時に、個人で日々利用したい若い方にも乗っていただきたいですね。三菱は、i‐MiEVの経験から、EVならではのよさがある一方、当時のバッテリー性能による一充電距離への不満や、車両価格の高さなど、解決すべき課題を経験してきました。そして軽自動車を必要とするお客様に、EVはまだ自分には無縁と思わせた点もあったかと思います。それらの課題を解決したのが、新型軽乗用EVです。軽自動車を愛用しているお客様が、いよいよEVの時代が自分にも来たと、身近に感じていただけるEVにするのが企画の大きな狙いです」
運転免許証を取得して以来、EVにしか乗ったことがないという消費者もすでに現れている。実際には、40~50歳代のみならず、幅広い世代にも関心を持ってもらえる商品性としている。

軽乗用EVならではの苦心

軽自動車として初のEVを企画するうえで、どのような苦労があったのか。
「EVがより多くのお客様の選択肢となるように、お客様の手に届く価格に収めるところです」と、本島CPSはいう。「装備を加えていけばより魅力的になりますが、EVのリーフやエンジン車のデイズの経験を基に、最適な価格と装備の調和をどこにもっていくか、取捨選択に苦心しました。手ごろな価格にするため、原価については、商品企画と開発部署でそれぞれ分担があります。商品企画は必要な装備を見極めること、開発では性能を満たしながら機能部品の原価を守ること、その両輪です。一充電走行距離は長い方が安心でしょうが、バッテリー容量の増大は価格に響きます。ターゲットとするお客様にとって本当に必要な距離はどれくらいか、過去の経験や数値、お客様の声などを参考に、最適なポイントを探しました」と説明する。
軽乗用EVは、一充電走行距離の見極めが登録車に比べいっそう難しかったはずだ。標準装備の取捨選択を含め、軽自動車ではバッテリー金額が車両価格に大きく影響を及ぼす。
藤井CPSは、i‐MiEVでの経験を踏まえ、安全装備の面で次のように語る。
「i‐MiEVは10年以上の息の永い商品でしたので、時代の変化に応じた安全装備へのご要望がお客様からありました。新型軽乗用EVでは、日産の技術を活用することで安全装備の充実をはかれました。マイパイロットやイノベーションペダルなどの機能は、EVであることによってより活かすことができたと思います。そこは自分で運転して実感しました」

新型軽乗用EVの3つの特徴

新型軽乗用EVの魅力をまとめると、藤井CPSは、
「外観などの違いは別として、要点は日産と三菱で大きな差はないと思います。日常の使い方を満たす一充電走行距離/お求めやすい価格/エンジン車での印象を覆す走行性能や先進装備の3点です。加えて三菱の特徴として、SUV的な外観によって三菱車らしさを表しています。i‐MiEVで評価の高かった静粛性/加速性能/登坂力は、さらに向上しています。一方、i‐MiEVは独創的な外観が好評でしたが、日常的な使い勝手で、小物入れが少ないとか、荷室が狭いなどのご意見がありました。一充電走行距離についても、空調を使うと短くなるとの声も届いています。新型軽乗用EVはハイトワゴンですので、i‐MiEVで出たご要望をほぼ改良しています」と解説する。
本島CPSも、要点は3つだと話す。
「EVならではの滑らかな加速と静粛性/手間なく素早く/先進的かつエレガントなデザインの3つです。手間なく素早くとは、象徴的な言葉の表現で、先進技術を装備することによって、わずらわしさを解決します。プロパイロットパーキングなど軽自動車でやり過ぎではないかとの意見もありましたが、先進技術で支援することは重要と考えました。従来の軽自動車に対する概念を超えるクルマにしたかったのです。内外装は、気持ちのあがるエレガントさを持たせました」

提携関係を最大に活かす

新型軽乗用EVは、日産と三菱の提携関係と、NMKVという合弁会社があってこそ、軽自動車でのEVを改めて実現できた。提携の意義を、二人に語ってもらう。本島CPSは、
「より多くの台数を販売できる数の論理だけでなく、i‐MiEVや、永年に及ぶ三菱の軽自動車の経験と、日産では累計50万台を超えるリーフや、デイズでの経験をあわせ、多くの知見を活かせたことが成功につながる最大の要因と思っています。日産、三菱、NMKVの3社で、知見や情報の共有をうまくできたことは、忘れてはならない背景です。私はかつて、ルノーと日産の提携に関する部署に携わったことがあり、企業文化の違うなかで相乗効果を出す難しさを体験しました。今回は、大きな成果を出せたと実感しています」と、自らの経験を基に語る。藤井CPSは、
「やはり、互いの経験や知見をうまく集約できた印象が強いです。そして、日産の先進技術や、原価低減、あるいは購買力など、一緒に開発することによって三菱が受けた恩恵は大きいといえます。同時に、軽自動車の小さな車体に電動部品を搭載する生産技術などは、三菱の経験が活きたでしょう。それぞれの得意分野を、NMKVがうまく調整し、よさを引き出して一つにまとめ、素晴らしい軽乗用EVを創りあげることができました」

V to Hという付加価値

日産と三菱それぞれ新型軽乗用EVの魅力とは別に、EVがあることによる給電機能も期待される点ではないだろうか。ヴィークル・トゥ・ホーム(V to H)について、本島CPSは、こう語る。
「V to Hは、EVの付加価値になると思います。日産は、日本電動化アクション“ブルー・スイッチ”を推進しています。ブルー・スイッチとは、EVを単なる移動手段としてだけでなく、車載バッテリーを大容量蓄電池として活用することにより、気候変動や災害対応の解決を目指す活動です。たとえば、新型軽乗用EVのバッテリー容量があれば、一般家庭の約1.5日分の電力供給がV to Hによって可能です。市販されている定置型蓄電池は非常用コンセントとしか使えませんが、V to Hであれば、停電などの際に家庭で電気を使えます。価格面でも、定置型蓄電池の約半額で済みますから、クルマとして利用しながら電力供給もできる付加価値は大きいと思います」
藤井CPSも、
「三菱も、V to HはEVの付加価値になると考えています。一般家庭で消費する電力は一世帯当たり平均10kWh(キロ・ワット・アワー)ですので、新型軽乗用EVは20kWhのバッテリー容量ですから、一日以上の電力供給が可能といえます。自然災害による停電が増えるなか、電力の備えとしてV to Hの価値を訴えていきたいです。定置型蓄電池の価格帯は80~200万円ですから、その点でも十分に見合うと思います」と、軽乗用EVがあることによる、暮らしの電力確保への安心を解説する。

新型軽EVへの思い

新型軽EVへの個人的な思いをそれぞれ語る。

本島圭奈子CPS
「軽自動車という既成概念への挑戦として企画し、プロジェクトメンバーが一丸となって作り上げてきた自信作です。すでに見たり乗ったりして頂いた方々からは、『軽じゃないね!』というお声をいただいています。これからいよいよお客様の手に届き、毎日の生活でお乗りいただいてどのように感じていただけるか?、反響に期待しているところです。この新型軽乗用EVが日本の自動車市場の常識を変えるゲームチェンジャーとなり、日本のEV普及促進に弾みをつける存在になることを願っています」

藤井康輔CPS
「いかにEVの市民権を得るか、それが三菱の狙いです。日産と一緒に発売するので、ともに軽乗用EV市場をつくっていきたいと思います。事前に試乗していただいた方から絶賛していただいていますので、多くのお客様に乗っていただき、EVのよさを実感していただきたいと思える自信作です。自信をもって売り出したいです」